COLUMN あの先輩は今!?

「現場を動かす」ということ。

株式会社菅野左官店/大久保剛( 38歳 )/左官

「職長を任されるようになって、仕事の中身ががらっと変わりました」。左官職人となってもうすぐ20年。「以前は“言われたことをやる”立場だったのが、今は“どう現場を動かすか”を考える立場。段取りとか人の配置とか、他業種との兼ね合いも見ながら、全体の流れを意識して動くようになりました」。
もちろん、机上の計画通りには進まないことも多いという。天候や資材の遅れ、人手の都合──何かしら毎日想定外は起きる。「そのたびに、“じゃあどうする?”と、頭を切り替えて現場を回していく。そこが大変でもあり、やりがいでもある。指示を出す時も言いっぱなしじゃなくて、職人それぞれの得意・不得意を考えて配置したり、“ここの納まりはこうしたほうがいいんじゃないか”と職人同士で話し合ったり。そういう調整役が今の自分の役割かなと思っています」。

穏やか、かつ芯のしっかりしたところが現場の調整役として頼られる大久保さんの長所。

現在、現場はどこも慢性的に人が足りていない状態だ。特に左官は仕上げの工程だから、工程全体の遅れの影響を受けがちで、無理なスケジュールのなかで「ちゃんとした仕上げ」を求められることも少なくない。「それでもやっぱり、職人として仕上がりには責任とプライドがある。自分の名前で世に残るわけですから。だからこそ、妥協せず、でも現実的に工程をまわす。現場に立ちながら、常にそのバランスを探っています」。

後進の育成にも、自らの成長を映して。

かつて自分が先輩たちから教えられたことを、彼なりのやり方で後輩へと引き継いでいく。

若き職人たちの育成も、専らの課題。「昔は“見て覚えろ”が当たり前だったけど、今の若い人たちはそうはいかない。順序だてた説明、具体的な指示があってあたりまえだし、分からないことを放っておかれたら不安になって当然です。でも、実際にやってみて初めて“これ失敗だったな”とか“こうすればうまくいくんだな”と分かることも多い。だから自分は、失敗したときこそ、何でそうなったかを一緒に考えるようにしています。頭ごなしに叱っても意味がないし、そういう時に“気にすんなよ”とか“俺も昔やったよ”って言ってあげると、相手も安心するんですよね」。
自らもまだ、勉強中だと大久保さんは言う。「現場が変われば使う材料も、求められる仕上がりも変わる。季節や湿度によって、コテの入れ方を変える必要もある。左官って、図面には描ききれない世界なんです。経験がすごくモノを言う。でも、ただ年数を重ねればいいわけでもない。新しい材料や工法にも対応しなきゃいけないし、資格だって取らないと仕事の幅が狭まる。なので最近は講習にも参加して、他の職人と情報交換することも意識しています」。
ここ数年、DIYや自然素材のブームもあり、左官という仕事に興味を持つ人がちらほら出てきている。「ありがたいことに、最近は“塗り壁っていいよね”と言ってくれる若い人も増えてきた。だからこそ、今がチャンスだと思うんです。自分たちがちゃんと魅力を伝えて、ちゃんと技術を残していかないと、このままじゃ職人がいなくなってしまう。左官って、単に壁を塗る仕事じゃないんです。それこそ仕上げのパターンも幾通りもあるし、それぞれに計算やテクニックも必要。それを、手の感覚で調整しながら塗っていく。その場その場で判断するからこそ、“考える仕事”なんですよね。そういう奥深さを、もっと多くの人に知ってもらえたら嬉しいです」(2025年取材)。

株式会社菅野左官店
大久保剛( 38歳 )/左官