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COLUMN

建設コラム

東日本大震災からもうすぐ10年。節目の年に完了するために、復興への槌音が陸前高田の街に響く。

清水建設 株式会社 東北支店
山内 義一

清水建設は考える 2020.06.16

東日本大震災の津波により、陸前高田の市街地は大半が被災。街は壊滅的な打撃を受けてしまった。それから2年、被害の大きかった高田・今泉地区の「新しいまちづくり」のプロジェクトがスタートする。UR都市機構よりその大規模プロジェクトを受注したのが「清水・西松・青木あすなろ・オリエンタルコンサルタンツ・国際航業JVで、測量、調査、設計から施工まで一体的にマネジメントし、実際の工事を進めることに決定。その最前線の現場である陸前高田の「震災復興まちづくり建設所」の所長を務める山内義一所長に、今回の巨大プロジェクトについて話を聞いた。



「街ひとつを一から造るような工事。誰もが経験がないところからのスタートです。ただ、新たな住宅地を一から造るようなものとも、また違うのです。陸前高田の場合は、昔からの配管が土中に残っていたりして、どう処理すべきか悩ましい問題も山積していた」と、ゆっくりと丁寧な口調で話す山内所長。震災のあった翌年の2012年11月、赴任前に一度、陸前高田に視察に訪れた。山内所長は今もその時の光景が忘れられない。「市役所や学校など大きな建物が瓦礫のように崩れていて、そこに津波で押し寄せてきた自動車や船、木々などが堆く積まれている。カメラを持って現場に行ったのですが、写真は撮れませんでした。被災地の現状を見て、頭が真っ白になってしまったのです」。

山内所長はもともと鹿児島の出身だが、縁あって赴任先の北海道に居を構えている。入社当時は設計部へ配属され、そこで、自動車メーカーのテストコースの設計・施行に関わる。三菱自動車やスバルなど大手メーカーのテストコースともなると厳しい基準のコースを、山を切り開き造っていく。今回の陸前高田復興のプロジェクトを任されたのも、そうした経験が買われてのことだ。「陸前高田でも1200万㎥という途方もない土を掘削し、運搬、盛土しなければならない。自動車のテストコースでの経験はいろいろな場面で役立ちました」と山内所長。

陸前高田のような大規模プロジェクトだと設計だけでも2年はかかる。それを各地域でやっていたのでは復興は進んでいかない。「ファストトラックで、どんどん進めて行きました。早さを優先した分、後からの補修や修正は起きてきますが、それはある程度仕方ない。家を失った人が何万人もいて、造成から始めるわけですから」。復旧工事は、最初は難航したものの、4年ほどしてからは工事スピードは加速していった。「作業員の数は、4,5年前がピークでしたかね。1300人ほどいました。宿舎も1000人以上は泊まれるのですが、そこがいっぱいでしたから」と語る山内所長。工事が次第に順調に進んでいったのは、一も二もなく、地元の人たちに工事への理解が得られたことが大きいという。何度となく開いた住民説明会において、まずは建設業者への昔ながらのイメージを払拭するところからのスタート。その苦労は並大抵のものではなかったが、山内所長は粘り強く、そして丁寧に住民や地元業者に接し仕事を進めていった。

赴任して7年、現在は陸前高田に来て、この仕事に携わることができてよかったと心の底から感じている。「陸前高田の工事が10年の節目を迎える2021年に市へ引き渡しを行います、それで最後かな。7年前の陸前高田の状況を思えば、工事はずいぶん前進しましたし、実際にいくつかの宅地では住民の方々への引き渡しもできています。こうして復興の端緒を見ることができるのは、感慨深いですよ」と、表情を引き締めつつも穏やかに語る山内所長。陸前高田での大きな経験を、今後は若手社員に伝えていきたいと思っている。

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